貴方の近くにもし居るのなら。


近くに鬱病や不安神経症、強迫神経症などを患っている人が居るのなら。
家族や友人、恋人がそれに立ち向かおうとしているのなら。

どうか暖かく見守ってあげて下さい。
貴方達から見れば「おかしい事」を口走ったり「理解出来ない事」をするかもしれません。
死にたい死にたいと毎日口にするかもしれません。
それを行動に移すかもしれません。
その結果死に切れない自分に更に嫌気が差して、症状が悪化するかもしれません。
また、そこまで行動に移すことすら出来ない、行動したくても出来ない人も沢山居ます。
それでも彼らは彼らなりに「頑張って」いるのです。
生きていこうと必死に戦っているのです。
例え人からは「怠け者」として見られているとしても、必死に頑張っているのです。
社会の落伍者としての烙印を押されることになるのかもしれません。

でも、それの何処が恥ずかしい事なんでしょうか。
世間体って何ですか?
社会的立場って何ですか?
人間の本質は何処にあるんですか?
人の価値なんて、誰に決められると言うのですか?

皆、自分自身と戦っているんです。
このままじゃいけない、そう思いながら毎日戦っているんです。
外に出られない。でも何とかしなくちゃ。そう思って毎日自分と戦っている。
電車に乗れない。怖くてどうしようもない。でも頑張らなくちゃ。
そう思って、恐怖の対象でしかない満員電車に乗って、一駅ごとに降車しながら、泣きながら、それでも学校や職場に向かっている人だっています。

人の価値なんて社会が左右していいものではない、と私は思っています。
この病気に罹るまでは、学歴主義の渦に飲まれていることすら気付かなかったけれど
でも、本当に必要なのはそんなことじゃない。
自分がいかにして生きるか。生きられるか。
自己実現出来るか。
それに尽きるのではないでしょうか?

これでも毎日生きようと「頑張って」いるんです。



き殴り。



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